この度、本研究でイグノーベル賞(Acoustics Prize)を受賞しました。光栄に思いますとともに、今後とも精進してまいります。2012/9/20
小型コンピュータRaspberry Piで動作する会議室組み込み型SpeechJammerを制作、制作方法を公開しました。 2015/01/19
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研究概要紹介動画
【要点】
人の声を僅かな時間だけ遅延させてその人の耳から聞こえさせると、うまく話すことができなくなる。この現象を人間同士のコミュニケーションの支援に応用するコンセプトを提案した。
指向性マイクと指向性スピーカーを組み合わせた銃型のプロトタイプを試作した。
現状は研究の初期段階であり、発話阻害効果の個人差や慣れの要素が大きく、現実的な局面での応用はまだ期待できないため、当分公開や販売等の予定はない。
一方で、手軽に発話阻害効果を体験できる簡易発話阻害ソフトウェアを無料公開する。Windows PCで動作するものと、Windows Phoneで動作するものがある。
【概要】
本研究は,言葉を喋っている人に作用させて強制的に発話を阻害するシステム,「SpeechJammer」を開発することを目的とする.一般に発話に対し,数百ミリ秒程度の遅延を加えて話者の聴覚に音声をフィードバックすると,話者は正常な発話が阻害されることが知られている.この現象は,肉体的苦痛を伴うことなく発話を阻害することができ,また発話をやめればただちにその認知的な影響が消失し,また話者のみに作用するためそれ以外の周囲の人たちには無害であるといった優れた特性を持っている.我々は指向性マイクと指向性スピーカーを組み合わせることで,外部の離れた場所から特定の話者の発話を阻害するシステムを試作した.これを応用し,会話のマナーとルールの制御,プレゼンテーショントレーニングなどに活用することを検討する.
【研究背景】
我々は情報技術による人間同士のコミュニケーションの支援研究を長年行なってきた。その一つであるプレゼンテーションの自己トレーニング支援システム「プレゼン先生」では、発表者の発言内容を音声認識技術により分析し、発話速度が速すぎる場合に警告を表示することができる。しかしその警告は音や視覚的刺激によるものであり、強制力に乏しいという問題があった。そこで何か人間の認知的特性により、強制的に発話を妨害できるような現象を応用すれば、より適切な発話速度トレーニング支援が実現するのではと発想した。今回応用した発話阻害の原理については、日本科学未来館などの科学館で体験することができる、とても一般的なものである。我々も実際に日本科学未来館を訪れた時に体験し、「いつか研究に生かせそうだ」という将来性を感じていたことが本研究の着想につながった。
なお、本技術の応用はプレゼンテーションだけに限定されない。会議において特定の参加者だけが発言を続けてしまい、他の参加者の平等な貢献が損なわれる時などに、適切な話者交代を実現する上で役立つ。一般に、発話というものは音声の伝達媒体であるその場の空気という共有資源を占有するものであり、円滑な対話のためにはモラルとルールが必要である。そのための技術基盤として本研究が活用されることを期待している。
【試作作業】
共同研究者の塚田浩二氏とともに、1ヶ月程度で行った。
塚田氏は以前産業技術総合研究所に勤務しており、栗原とは同僚であった。
【現状と今後の予定】
現状では本研究は研究の初期段階であり、発話阻害効果の個人差や慣れの要素が大きく、現実的な局面での応用はまだ期待できない。
今後は試作を繰り返すことでより効果的かつ確実に発話阻害効果が得られるよう、改良を繰り返していく。また、銃タイプのシステムだけでなく会議室に組み込んだ形のシステムなどを実装することで、様々な応用局面に対する効果を検証していく。
【簡易発話阻害ソフトウェアの無料公開について】
我々は多くの方の要請を受けて、手元のコンピュータにより手軽に発話阻害効果を体験できる簡易発話阻害ソフトウェアを無料公開する。Windows PCで動作するものと、Windows Phoneで動作するものがある。詳細はダウンロードページを参照されたい。これにより、Bluetoothヘッドセット(無線ヘッドフォンとマイクが組み合わされた小型機器)を用いるなどすれば、遠隔地から発話者を阻害することが容易に体験できる。ただちに発話を阻害するボタンと、タイマー駆動させる機能を用意した。後者は特に、プレゼンテーショントレーニングの一環として活用可能である。
【悪用される懸念に対する考え】
本研究について、仮に遠隔地からの第三者による発話阻害の効果が確実に得られる状況が将来達成できたとき、悪用されることにより言論の自由が人々から奪われるのではというご指摘を頂いている。それに対して我々は以下のように考えている。
原点として、我々は言論の自由は人々に平等に与えられるべきものであり、「声の大きい人が勝つ」と俗に言われるような、特定の人物だけに言論が占有される不公平を払拭したいと考え、本研究をスタートさせた。
しかし「どういう言論が不公平であるか」という判断が、SpeechJammer使用者の倫理観に依存している点は現状の課題である。ともすると本技術が乱用され、みだりに人々の言論が封殺されてしまう事態も起こりかねないのは認める。
しかし、本技術は刀や銃などによる戦闘とくらべて、「お互いに使用しあっても破滅せず、話し合いによる解決の余地を常に残せる」という性質をもっている点が重要である。もしも誰かが不本意にもSpeechJammerをあなたに使用した上で会話を占有し始めたら、あなたもその人にSpeechJammerを使用し、冷静な話し合いが行えるまで待てば良いのである。
一方で、組織や国家が無人のSpeechJammerをいたるところに配置し言論を封殺するようなディストピア像を想像する人もいる。この場合は上記のような話し合いは期待できない。
しかし、本技術の効果は「耳栓」をすれば容易に回避できる程度のものであるのでそのような心配はない。
本技術の応用が適切なのは、「自分自身のプレゼンテーショントレーニング」、「参加者全員が会話のルールについて納得している会議や公共スペース」などの、条件次第では発話阻害されることを当事者が了承しており、耳栓をするような回避手段をとることが想定しにくいか、非難されるような日常の局面である。
【研究者情報】
栗原一貴
津田塾大学 学芸学部 情報科学科 教授
E-mail: qurihara [ at ] gmail.com
他の研究内容等については以下の参照されたい: https://sites.google.com/site/qurihara/
例えば以下のような研究開発を行なっている
教育分野向け電子黒板ツールの研究: Bordrless Canvas, ことだま
エンターテインメントコンピューティングの研究: CinemaGazer, Geoface Project
対話の時代の自衛手段の研究: SpeechJammer, SpeechProtector
専門分野はHuman-Computer interaction.柔軟なプレゼンテーションツールの研究を主軸として,ペンインタフェースおよびマルチモーダルユーザインタフェース開発,認識技術の応用研究,教育現場におけるIT技術の検証実験などに興味を持つ.
塚田浩二
公立はこだて未来大学情報アーキテクチャ学科 准教授
E-mail: tsuka [at] acm.org
他の研究内容等については以下の参照されたい: http://mobiquitous.com/index.html
生活環境での利用に適した以下のようなさまざまなインタラクティブ・デバイスの研究開発を行っている.
- Ubi-Finger: 『指差しで家電を操作できる』生活環境での利用に適したジェスチャ入力デバイス (2001)
- ActiveBelt:『地図を見なくても目的地に辿り着ける』 ベルト型の触覚ナビゲーションシステム (2002)
- EyeCatcher: 『写真が苦手な人の笑顔を撮れる』多様な表情を撮影できるデジタルカメラ(2010)
- TagTansu: 『フックに洋服を掛けるだけでデジタル化できる』衣服とWebをつなぐマッシュアップクローゼット (2010)
- EaTheremin:『食事を音で奏でる』フォーク型デバイス
略歴:
1977年2月8日神奈川県横浜市生.2000 年慶應義塾大学環境情報学部卒業.2005 年同大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了.同年,独立行政法人産業技術総合研究所 研究員.2008年4月より,お茶の水女子大学 特任助教.2012年4月より,科学技術振興機構 さきがけ研究員(専任).生活環境に適したユーザ・インタフェースの研究・開発に従事.博士(政策・メディア).
本件に関する取材は電子メールによるインタビューにであればお答えできます。
電話インタビューについては、スケジュールを調整の上お受けできる場合もあるかと思います。
機器の写真撮影については解像度の高い写真がこちらからダウンロードできますので、ご自由にお使いください。
また、本ホームページやYoutube上で公開されている写真や動画について、「そのままの形で」利用頂くことはかまいません。
直接お会いしてのインタビューや、録音及びビデオ撮影を伴う取材については、以下の様な方針を考えております。
単純に対面でのインタビューや写真撮影については、スケジュールを調整の上お受けできる場合もあるかと思います。
本研究はまだ初期段階でありますため、銃タイプの試作機により不特定多数の人の発話を確実に阻害することがまだできません。従いまして銃タイプの試作機を実演したり、その様子を撮影するような取材は原則お受けできません。
一方で、無料公開している簡易発話阻害ソフトウェアを番組制作等でお使いいただくことは自由に行なっていただいて結構です。また、簡易発話阻害ソフトウェアの実演を含む録音およびビデオ映像撮影取材については、スケジュールを調整の上お受けできる場合もあるかと思います。
生放送中での実演は、個人差が大きいため簡易版であってもご遠慮ください。
なお、銃タイプ試作機は耐久性に乏しく、台数も限られることから、貸し出しは行っておりません。
発表文献
Kazutaka Kurihara, Koji Tsukada, "SpeechJammer: A System Utilizing Artificial Speech Disturbance with Delayed Auditory Feedback," http://arxiv.org/abs/1202.6106 , 2012.
栗原一貴, 塚田浩二, "SpeechJammer:聴覚遅延フィードバックを利用した発話阻害の応用システム," WISS 第18回インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ論文集, pp.77-82, 2010. PDF
© 栗原一貴